腹八部で医者いらず、 腹六部で老いを忘れ、 腹四分で神に近づく

私は、ここんとこ毎朝、夜明け前の4時に起きて軽くジョギングをしている。
5kmほどしか走らないがそれでも汗びっしょりになる。
今朝の気温は26℃。
蒸し暑い。
体が暑さに慣れてきたせいか、26℃でもジョギング後は爽快だ

今は5時頃、朝日が昇る。
朝日を浴びると全身に力がみなぎる。
ひと汗かいた後シャワーを浴び、すっきりした気分で一日の仕事を迎える。
私の生活はなんという健康的な生活なのだろう。
ひと昔まえの私では考えられない変わりようだ。
今ではうちのカミさんと「おまえ百まで、わしゃ九十九まで」と言い交わしているほどだ。
健康ということは本当にありがたいことだ。

以前の私は自分は短命だと決めてかかっていたから、健康診断など一度も経験したことがない。
「いったい、いつまで生きれば気がすむのだ!そんなに死ぬのが怖いか!」と 健康を気遣う人をバカにしていた。
だから血圧がどうの、糖尿がどうの、と健康談義には聞く耳を持たなかった。
以前の私はヘビースモーカーで運動も一切せず、食事にも気を遣うことがなかった。

ところが私は7年前、断食を経験して人生が変わった。
それから健康オタクになった。

断食をして良かったと思うのはどういうことですかとよく聞かれる。
その効果の第一は「人間は食べなくても生きていける」と分かったことだ。

効果の第二は少食という生活習慣が身に付いたことだ。
これは断食道場で経験したからこそ分かったことだ。
断食の効果は一時のことだけではない。
断食は本断食より回復食の期間の方が大事だ。
断食後、ドカ食いしては元も子もない。
断食をして元気いっぱいになっているのに回復食はほんの少ししか食べさせてもらえない。
これによって感謝して食べることと、少食という生活習慣が身に付いた。
これが大きいのだ。

それ以来、私は朝食抜きの生活を7年間続けて現在に至っている。
「朝食だけは食べなさい」と注意してくれる人もいるが、朝は食べない方が爽快だ。
朝は目ヤニは出るし、口は臭いし、小便は黄色い。
ウンコも出る。
これは朝は体が排泄モードになっている証拠だ。
朝は排泄に集中することだ。
出すものを出して後、体が消化吸収モードになるのを待ってから食べるのだ。
最近では昼食を抜いても平気なので一日一食という日も珍しくない。
夕食は酒も飲むし、食材も一切制限しない。
しかし、胃袋が小さくなっているせいかたくさんは食べられない。
腹四分で神に近づくというが、ひょっとしたら本当に仙人になれるかも知れない、などと思っている今日この頃なのだ。
若い頃は解糖系エネルギーが優位だからたくさん食うのもよいが、年を取るとミトコンドリア系エネルギー優位に変わるらしい。
ミトコンドリア系エネルギー効率は解糖系エネルギー効率の約20倍なので年を食ったら食べなくてもよいようにできているのだ。

年金をもらうようになったら「一日一食」でよい。
日本の国家財政を考えたら今後、間違いなく年金はカットされる。
そのときに備えて、今から「一日一食」の生活習慣に改めれば怖いものなしだ。
そうすれば医者いらずで老いも忘れ、神に近づくことができる。
あなたも私も仙人だ。
医療費も軽減できるし、死亡消費税などという馬鹿げた増税をしなくても国家財政は破綻を免れる。

死亡消費税

相続税の課税根拠は何か。
いろいろ説はある。
その中のひとつが「還元所得税説」だ。
亡くなった人が多額の資産を残せたのは生前に所得税を納めていなかったに違いない。
だから相続をきっかけに過去の所得税の取り漏れを精算をしようという考え方だ。資産家がこれを聞いたら怒るだろうなぁ。
「そんなに財産が残った、ちゅうことは生前に所得税を払っとらんかったんやろ」と言われておるのだ。

土地持ち資産家の場合、毎年多額の固定資産税を払っている。
死んだらまた相続税を払わされるのだからたまらない。
税金の二重取りじゃないか、と言う人さえいるのに。
「還元所得税説」みたいな考え方で相続税を取られたら、踏んだり蹴ったりだわな。

それともう一つ、相続税は消費税の補完税という理屈を唱える人もいる。
消費しなかったからこそ財産として残ったのだから消費税の取り漏れが生じている。
そこに着目して消費税の補完税として課税してもいいじゃないか、という理屈だ。そうすれば低所得者に厳しい逆進性という不満も同時に解消できる。
この理屈を徹底すると「死亡消費税」となる。

この死亡消費税が6月3日の社会保障制度改革国民会議で真顔で論議された。
提案者は委員の一人である伊藤元重東大教授である。
いつ頃具体化するかは分からんが……。

高齢者医療費をカバーする目的という大義名分となるのだろう。
相続税の基礎控除額以下でも課税することになる。
消費税の補完税というなら税率は消費税引上げ後の10%だ。

例えば相続人が配偶者と子供二人の場合、相続税の基礎控除額は4,800万円(改正後)、遺産が4,000万円と仮定すると相続税はかからないが、死亡消費税が遺産額の10%、400万円かかってくるのだ。

国には15年間で100兆円超の税収が見込める。
相続税とは比較ならないほど多額の税収となる。
それに社会保障と税の共通番号(マイナンバー)制度が行き渡れば簡単に徴収できる。
マイナンバー制で財産は国がすべてお見通しだから、国が勝手に口座から引き落としてしまう。
諸君!私たちは死んでも税金から逃れることはできないのだ。
税金を払いたくなければ「稼がず、使わず、溜め込まず」で生きていくしかない。それとも消費しまくって借金だけ残して死んだら、消費税を還付してくれるのか?おい。

税理士さんはまた仕事が増えてビジネスチャンスですねぇ、だと?
「死亡消費税」のような仕事なんかしたかねぇわっ!
それどころかマイナンバー制が普及すれば、税理士の出る幕なんかどこにもねぇわっ!

おい!早く決着をつけようぜ

税務署では7月から新たな事務年度が始まる。
7月の上旬には人事異動があるので、税務署員は6月末までにそれまでの税務調査の事案の処理に区切りをつけようと必死になる。
だから、この時期、税務署員は「6月末までには何とかしてくれ」と泣きついてくることになる。
税理士になったばかりの頃、私は「何とかしてくれって、いったい何すんねん」とわけがわからなかった。

これはどういうことかというと、当初申告に問題点がある場合、修正申告に応じるよう、税理士から納税者を説得して修正申告書を提出させて欲しい、という意味なのだ。
しかし、納税者が税務署の指摘に納得していないのなら修正申告に応じるように説得してはならない。
とにかく税務署員の中には、税理士は税務署に協力して納税者を説得することが当たり前だと勘違いしている連中がいる。

つまり、税務署の仕事を手伝うのが税理士の仕事だと思っているのだ。
税理士は税務署の手先ではない。

「早く何とかしてくれと言われても、今まで放ったらかしにしていたのはお前たちではないか!自分の都合ばかり押し付けるな、ボケッ!」と心の中でツッコミを入れる(若い頃は口に出していたが、今では温厚になったので心の中で呟くことにしている)。

うちの事務所では昨年からの相続税の税務調査で、その結論が長引いて未だに片付かないでいる事案がある。
税務署が問題点を指摘してきたのだが、その内容はまるで理由にならない言いがかりなのだ。

納税者が修正申告に応じてくれれば儲けもの、ぐらいの思いで吹っかけてくるようなケースもあるのだ。

うちの事務所の提出する申告書に間違いはない。
問題があると言うのなら、淡々と「更正」(税金を追徴するという行政処分)をしてくればよいではないか。
出る所へ出て決着をつけようじゃないか、と、うちの事務所では覚悟を決めているのだ。

だいたい、何でもかんでも修正申告で幕引きにしようとする税務署の態度が問題なのだ。
納税者も税務署の指摘に納得がいかなければ、修正申告に応じてはならない。
修正申告に応じれば納税者は自らの間違いを認めたということになるので、その後、不服申立をするチャンスを放棄してしまうことになる。
税務署は後腐れのない修正申告で終わりにしたいのだ。

長いものには巻かれろと税務署の言いなりになる納税者が多いために、日本の税務行政はいつまで経っても後進国並みである。
こうなったのも納税者に問題がある。

ところで今年から税金を追徴するような処分にはすべて理由付記しなければいけないことになった。
相続税の更正の場合、どのような理由付記になるのか興味があるので、是非読んでみたいと思っている。

役人に共通して言えることは他人の作成した書類にケチをつけるのは得意だが、自分の作った書類を点検されるのをひどく嫌う。
だから、理由付記でぴたりと筆が止まったまま何も書けないのだ。
それが今の税務調査後の事務の停滞に現れているのだ。

相続税の基礎控除の引き下げで今後、申告件数が倍増しそうなのに、そんな調子で大丈夫か?おいっ!

何のために走っているのですか?

ケガから立ち直って、もう一度、フルマラソンに挑戦してこましたろと10月の「大阪マラソン」、11月の「神戸マラソン」に参加申込みをしていたのだが、どちらもあっけなく落選した。

それならしゃあない、ちゅうことで「つくばマラソン」に申し込もうと思った。ところが、もう既に定員に達しており、申し込み締め切りとなっていた(とほほほ)。
いったい、どないなっとんねん。
まだまだ先の大会なのに……。
抽選ではなかなか当たらないし、先着順では出遅れてしまうし、マラソン大会に出場するのもひと苦労だ。
このように走りたくても大会に出られない人たちのことを“マラソン難民”と言うらしい。

大会に出ることで走ることのモチベーションが維持できる。
大会で競争しようとか、いいタイムで走ろうという気持ちはないが、一人でトレーニングしているよりはワクワクする。
それに沿道の人たちの応援を受けながら走る気分は最高だ。
市民ランナーの星、川内君があちらこちらの大会に出まくっている気持ちがよく分かる。

健康のために走っているのですか、とよく聞かれる。
健康のためならフルマラソンは逆効果だ。
健康のために42kmも走る必要はない。
私は税務署と戦う体力と根性を磨こうと思って走り出したのだ。
走り始めた頃は50mほど走っただけで、息が上がり、足がもつれ、体力の衰えに愕然とした。
これでは税務署に勝てんわ。
まずは体力で勝たねばあかんのだ。
ちゅうわけで、そこから徐々にトレーニングを積んで、フルマラソンが完走できるまでに肉体改造できた。
この自信は大きい。
コツコツ地道にやれば誰でもできる。
「継続は力だ」と身をもって実感するに至った。
こうなったら死ぬまで走ってこましたろ。
フルマラソンを完走できる体力を維持したまま、元気に死んでこましたろ。
税務署と戦うことなどどうでもよくなった。
税務署と戦うのに体力も根性も必要ない、必要なのは気合いだということが分かったからだ。

てなわけで「元気に死にたい」という目標ではいまひとつ具体的な走るイメージが湧かず、モチベーションが上がらない。
だから、最近ではトレーニングもゆるゆるになってしまった。
それにクソ暑くなってきたしなぁ。
走っていて気分が良くなったところでやめる。
また明日も走りたいなぁ、というところでやめる。
そして帰ったらビールをぐびぐび飲みたいなぁと思ったところでやめる。
それが続けるコツだ。
バカボンの親父じゃないが、「それでよいのだ」。
人生に目標は必要ない。
今のところ何のために走るかをあえて言えば「快眠・快便・快食」のために走っているというところか。
ん?と言うことは、これはまさしく健康のために走っている、ちゅうことだわな。人間、何はなくとも健康が一番!

マイナンバー法成立

ケガの後、また走りたくなって、トレーニングを始めた。
せめて5kmくらいジョギングすることができれば……。
それに走れないときは出来るだけ歩こうと思って記録を取り始めた。
……が、しかし、けっこう面倒くさい。
そういうとき重宝しているのがiPhoneの“moves”という無料アプリだ。

iPhoneを身につけているだけでウォーキングやランニングの時間・距離・歩数を自動判別して計測してくれる。
それだけでなく何日の何時何分にどこに居たかをすべて記録しておいてくれるのだ。
ライフログというやつだ。
iPhoneを身につけているだけでよい。
計測のためにいちいちセットする必要がないのが便利だ。
私はこれを毎日、EverNoteに貼り付けて日記として活用している。
これで私のアリバイは完璧だ。

こういうものは自分が自分の意志で利用する分にはとても便利だが、国から強制的に付けさせられたら、たまったものではない。
すべての行動が監視されてしまう。
まるでジョージ・オーウェルの小説「1984年」のような世界が現実となる。
そのうちマイクロチップを体内に埋め込まれる日が来るかも知れない。
イギリスでは2016年にはすべての犬にマイクロチップ埋め込むことが義務化される。
現在でも既に6割の犬にチップが埋め込まれているらしい。

今のIT技術を馬鹿にしてはいけない。
マラソンでも今ではチップをシューズかゼッケンに付けて走り、記録が計測される。
何万人が走ろうとも、ゴールした直後にグロスタイム・ネットタイムを記載した完走証がもらえる。
さらにコースの各所で頼みもしないのに写真を撮っているので自分の勇姿(?)をネットで見ることができ、販売もしている。
ランナーの位置情報は応援者の携帯に伝送され、どこを何分で通過したかが走っている当人より詳しく分かる。
便利と言えば便利だが、あまりにも便利すぎて薄気味悪い。

てなことを考えているうちに5月24日社会保障・税共通番号法(通称マイナンバー法)が成立した。
国民一人一人に12桁の個体識別番号を付番し、社会保障や税に関する個人情報を管理する制度だ。
平成27年10月から個人番号通知カードの郵送が始まり、平成28年1月から市町村の窓口で顔写真つきのICカードが配布され、個体識別が始まる。

これで、いつの日か個人の所得状況や財産状況がお上に把握され、税務署から送られてくる申告書にはすでに金額が記入済みのものが送られてくるかも知れない。「あなたの所得は給与所得が○○○○円、株式の譲渡所得が××××円。税金が△△△△円。間違いなければ署名押印して返送してください」と。
相続税でも同じことだ。
「おまえの財産はすべてお見通しだ」 なんてことがあり得る。
そうなるとワシら税理士は失職だ。
仕方なく生活保護の申請でICカードを見せたら即「あなたの息子さんは年間○○○○円稼いでおられますよ。
息子さんに助けてもらいなさい。却下!」なんちゃって。
とほほほほ。
まともな人間はもともとアナログなのだ。
こういうデジタルな世の中でどこまで正気で居られるかだ。

岐阜清流マラソン

昨年暮れの骨盤骨折後、3ヶ月間走ることが出来なかった。
ようやくジョギングを開始したのは今年の3月。
それでも5km走るのがやっと、という状況だったがとりあえず、もう一度復活してこましたろ、ちゅうわけで、先月の19日「高橋尚子杯岐阜清流マラソン」に参加した。
ハーフマラソンだ。
目標は制限時間内に完走すること。
ただそれだけ。

結果は楽チンで完走できた。
無理さえしなければ何キロでも走れそうな気がした。
練習でハーフの距離を走るのはつらいが、レースなら皆と一緒に走れるし、何より沿道の応援がパワーをくれる。

制限時間が3時間とゆとりがあったので、ゆっくりスロージョギングで最後までペースを崩さず走ることができた。
すべての給水所では立ち止まって、たっぷり水を飲んだので腹がゲボゲボになった。
イチゴやバナナ、あんパンなどの食料も遠慮なくたっぷり食って腹一杯になった。

Qちゃん(高橋尚子)とハイタッチした後は一段と元気になった。
Qちゃんはええ子やねぇ。
いつも元気で明るく国民栄誉賞にふさわしい子や、と思う。
岐阜清流マラソンはQちゃんの人柄が隅々まで行き渡って一人一人のボランティアも素晴らしかった。
とてもいい大会で走らせてもらった。

骨折した後、三浦雄一郎さんのエベレストへのトレーニングの話を聞き刺激を受けた。
足首に片足8kgの重りとバックパックに30kgを背負って歩くというトレーニングだ。
80歳なのにすごい!
負けてはおれん、と私も片足1kg、バックパックは背負わず、軽めに始めたのだが、それでもヘトヘトになって一日でやめてしまった。
三浦さんは元気すぎっ!真似したらあかん。

ケガをして3ヶ月もトレーニングをしないと体力はみるみる落ちる。
特に年をとってからのケガは……。
せっかくフルマラソンを完走できるまでに肉体改造したのに、元に戻ってしまった。
また一から出直しだ。

そうは言っても一時は寝たきりになるかも知れないと思った時期があるから、歩けるようになっただけでも上出来と言えるが、ムラムラとまた走りたくなった。

今回のマラソンではタイムは一切気にしなかったので時計をはめないで走った。
何時までにゴールしようとか何分のペースで走ろうとかも考えなかった。
試しに、ただひたすら左右の足を地面に交互に着地するだけ、気分はまるでスポーツジムのトレッドミルで走っているような感覚で走ってみた。
つまり、自分がゴールに向かって走っているのではなく、ゴールの方から自分に近づいてくるという感覚を味わってみようと思ったわけだ。
汽車の窓から景色を見ていると次から次へと景色が移り変わり、自分を通り過ぎていくように……。

この感覚は一昨年、東海道五十三次を歩いたときに体験した感覚だ。
目的地に何時までに到着しようと目標を立てて歩くと、とても疲れた。
そんなことを考えずに、ただひたすら歩くことだけを味わっていたら、あっという間に到着するという経験だ。

つまり手段の目的化だ。
目標タイムを達成するために走るのではなく、走ることそれ自体を目標にしてしまえばよいのだ。

私たちは“馬の鼻面に人参”のような人生を歩んでいるのかも知れない。
いい職業に就くためにいい大学に入り、いい大学に入るためにいい高校に入る、とか。
マイホームを買うために、いまは我慢とか。
現状に満足することはいつもお預け。
だから“いまこの瞬間”が空疎なのだ。

あれから30年 part-2

今月は私にとって税理士事務所を開業して、ちょうど30周年となる。
それがどうしたと言われればそれまでだが、私のような飽きっぽい人間がよくもまあ、こんな面倒くさい仕事を30年もやってきたものだと呆れる。
感慨深いとか、自分で自分を褒めてやりたいとか、そういう気分ではない。

税理士として開業する以前の私は勤務先の上司と喧嘩ばかりしていた。
その都度、辞表をたたきつけ、10回以上も転職を繰り返した。
転職するたびに勤務先のレベルは落ち、給料も落ちて貧乏になった。
欲求不満で私はいつもイライラしていた。

一人暮らしの安アパートに帰っても電気代未納で電気がつかない。
破れ窓から雨が降り込み、湿ったタタミからキノコが生えてきた。
やけくそでそのキノコをインスタントラーメンに放り込み食っちまったよ。
この時期、私は人生の敗残者の気分だった。
「このまま終わってたまるかっ!」
「お〜し、独立してこましたろ。トコトンいてこましたろ」
と本屋に飛び込み、どういう資格を取ると独立できるか金がなくても独立して食っていける資格は何だろうと探した。
その当時、税理士ならそろばん(古いなぁ)と電話さえあれば開業できると書いてあった。
「独立できるなら何でもええわ」ちゅうわけで税理士受験の勉強を始めた。
しかし、勉強しながら思ったのだが、じつにつまらん勉強だった。
特に簿記と会計学は退屈で仕方がなかった。
「こんなもん勉強したって糞の役にもたたんわっ!」とバカにしていたが、独立して金儲けできるようになれば面白くなるやろ、と思い、砂を噛むような思いでいやいや勉強した。
結論は金儲けに関係なく嫌いなものに手を出したらアカンちゅうこっちゃ。
表面上、仕事は順調に増えていったが、開業して2年も経たないうちに経理や会計の仕事を引き受けるのはやめた。
疲れたのだ。

私は両親が早死にした(オヤジが47歳、おふくろが38歳で亡くなった)ので自分は40代前半で死ぬと決めてかかっていた。

短い人生、気に食わない仕事はやるまい、マイホームも持つまい。
金儲けにうつつを抜かすまい。
行き当たりばったり、出たとこ勝負、破れかぶれ、その場しのぎ、成り行き任せ、無計画、ケセラセラ、を基本コンセプトに生きていこうと決めていた。
だから資産運用にはまったく感心がない。
資産と言えば私は普通預金しか知らない。
預金通帳も人任せなので見ない。

こんな私が資産をお持ちの方の相談に乗っているのだから世の中は分からない。

経理、会計の仕事をため息をつきながらやっているとき、たまたま相続税の申告の仕事が舞い込んできた。
それは私にとって運命の出会い、生まれて初めての相続税の申告の仕事だった。
面白くて完全にハマった。
徹夜してもまったく疲れない。
死んだ人間の財産を数えてどこが面白いのだ、と言われそうだが何度やっても飽きないのだ。
「お〜し、決まった!これで行こう」と思った。
相続税一本で食っていこうと決めた。

しかし、この決断はハッキリ言って、うかつだった。
いまでこそ皆さんのおかげで仕事は順調に入ってくるようになったが、その当時は相続税の申告の仕事なんてそう簡単に入って来なかった。
それからが大変だった。
仕事がなくて借金が増えるばかり。
よく我慢できたと思うよ。
それでも、うちのカミさんの貧乏に動じないほんわかムードに助けらた。
しっかり稼がんかいっ!と尻を叩くようなタイプのカミさんだったら私は40代前半で死んでいた。

あれから30年

何を隠そう私とカミさんの30周年の結婚記念日は5月1日だった。
独立と開業が同時だったので自分にとっては大事な日。
だからよく覚えている。
世の中には結婚記念日を忘れて嫁さんからひんしゅくを買う男がいるが、私は結婚記念日を一日たりとも忘れたことがない。
しかし、一度も祝ったことがない。
心の中ではいつも感謝はしているが態度で示せないのがワシら中高年なのだ。
すまん。
それにいつもはこの時期、断食道場に籠ってるし……。

私は一人暮らしが長かったし転職を繰り返していたので、とても寂しくとても貧乏だった。
結婚と独立開業のとき私は無一文だった。
しばらくの間、うちのカミさんの失業保険で食いつないでいたから今でも頭が上がらない。

結婚して家に帰ると電気が灯って夕飯が準備してあることが夢のようだった。
間もなく子供が生まれた。
親に似てとても可愛い息子だった。
「子供は三歳までに一生分の親孝行をする」というがそれは本当だと思った。

仕事はそこそこにして息子と遊ぶのが楽しかった。
独立開業した当時はバブル絶頂期へ突き進んでおり、上昇気流に乗りさえすればお金はかなり稼げたと思うが、仕事で頑張ろうとは思わなかった。
仕事より家庭だと思った。
今から思えばこれで正解だったと思う。

自宅に帰り、息子が「お帰りぃ〜!」と思いっきり体当たりしてくるのがたまらなく嬉しかった。
仕事のことも借金のことも忘れ、息子と遊ぶのが何よりだった。
仕事がなくて暇だったのも今から思えば幸運だった。

その息子が先日、結婚式を挙げた。
結婚式の費用は全部息子がもった。
いつの間に資金を貯めていたのだろう。
私のときは結婚式の費用など一銭も持っていなかったのに。

まだ息子が言葉も覚えない頃から、言い聞かせていたことがある。
「お父さんが死んだら、借金しか残っていないから相続放棄をするんだぞ」と。
だからうちの息子が最初に覚えた四文字熟語が「相続放棄」だった。
そのせいで親をアテにしないで生きていく覚悟が身に付いたのだろう。
私の深慮遠謀が実を結んだのだ。

今年もよろしくお願いします

「体の中には百人の名医がいる(ヒポクラテス)」という言葉は本当だと思う。

私の骨盤骨折は、治療らしい治療は何もしていない。
骨がくっつくのを待つだけだ。
「日にち薬」という言葉があるが、まさに時間が治してくれる。
つまり体の中の名医が治してくれるのだ。
痛み止めの薬を貰うには貰ったが2,3日飲んだだけで服用するのはやめた。
効いているのかいないのか分からなかったからだ。

腰の部分にコルセットをするように勧められたが、動いているとそのうちコルセットが腹のところまでずり上がってくるので腹巻きみたいになって気色悪い。
だから、これも付けなくなった。

骨は折れても、またくっつくのだ。
破骨細胞が骨を溶かし、骨芽細胞が新たに骨を作る。
これを繰り返し、2年半で骨はすべて入れ替わるらしい。
人間の意思は関係ない。
何も考えなくてもくっついてしまうのだ。すごいことだ。

医者に診察はしてもらうが、治すのは自分の体の自然治癒力だ。

私は昨年、何度もケガをして、その都度、回復してきたので、自然治癒力に絶大の信頼を置いている。
大ケガをしても必ず治ると信じきっているので、不安を感じることもない。
体の中の名医の邪魔をしなければよいのだ。

幸いにも座っているときの姿勢がいちばん楽なのが助かった。
私は家にこもって一日中、本を読んでいてもまったく苦にならない。
年末年始は読書三昧の時間を過ごして、たっぷり英気を養った。

てなわけで、今年もよろしくお願いします。

 

試練は続く

またまたやってしまった。
12月7日、寒波襲来のさなか御在所岳の頂上で凍結した路面で転倒した。
転んだ瞬間、目から火花が散り、あまりの痛さにあぶら汗が滲んだ。
う〜む、立ち上がれない。
これはただごとではない。
もうマラソンを走れる体には戻らないかも知れない、という思いが頭をよぎった。案の定、診断の結果は骨盤骨折だった。
マラソンをするようになって4回目のケガだ。
我ながら情けない思いでいっぱいだ。
高齢者が転倒してそのまま寝たきりになる話はよく聞くが、他人事ではない。
頭はしっかりしていても体の自由が利かないのは歯がゆい限りだ。

一昨年の左ふくらはぎの肉離れ、今年4月の腓骨神経麻痺。
7月のジョギング中に転倒して救急車で搬送されたときも 「ああ〜、これで終わりか」と思ったが、しぶとく回復していたのに……。

12月9日には奈良マラソンを走って復活するつもりだったが、残念無念!

いま、左右両側に松葉杖をついて歩いているのだが、これが意外に難しい。
私は松葉杖を使うのは自慢じゃないが、これで3回目だ。
松葉杖を使うのは見ていると簡単そうに見えるが、自分でやってみると難しいし、ものすごく疲れるのだ。

風呂に入るのもトイレに行くのも決死の覚悟だ。
特に階段の上り下りには恐怖を感じる。
健常者でいるうちは何も感じなかったが、階段には手すりが必要だし、段差も困る。

そもそもなぜ御在所岳に行ったかというと御在所岳の麓に片岡温泉という温泉があるのだが、うちのカミさんと二人で、その温泉に浸かりに行こうというのが発端だった。
片岡温泉はいまではアクアイグニスという複合温泉リゾート施設にリニューアルされた。
パティシエ辻口博啓とイタリアンシェフ奥田政行の有名シェフが店を構えるようになったので大賑わいだ。
土曜日、日曜日は混雑しているので金曜日に行こうとしたわけだ。
週休三日のおかげである。

片岡温泉はリニューアル前はひなびた温泉で湯の山温泉の陰に隠れて知る人も少なかったが、私たち夫婦は片岡温泉のファンだった。
ここの温泉に浸かると体の芯からポカポカして疲れがとれる、いい湯なのだ。

てなわけで片岡温泉に浸かってのんびりしておけばよかったものを御在所の頂上まで行ったのでえらい目に遭ってしまった。

今年はケガにつきまとわれた。
それも、もう再起不能かと思うようなケガを繰り返した。
これは何かの予兆だろうか?

幸せは不幸な顔をしてやってくる、と言うが、この度重なるケガは私に何を教えようとしているのだろうか。

ケガをしたときは、うちのカミさんがいつも付き添ってくれていた。
カミさんがいたからこそ、私は廃人にならずにすんでいる。
「そんなカミさんに感謝しろよ」という意味なんだろう。
本当はいくら感謝してもし足りないほど感謝しているのだが、口に出してこなかった。
すまん。
それと健康で普通の生活ができることが、いかに幸せなことかと思い知らされた一年だった。