ニートチェックシート

□ 1. 会社や学校に行くのがつらい
□ 2. 満員電車に耐えられない
□ 3. 朝起きるのが苦手だ
□ 4. 働かないことに後ろめたさはない
□ 5. 一人でいるのが好きだ
□ 6. インターネットが生活の一部だ
□ 7. お金をかけずに没頭できる趣味を持っている
□ 8. 貧乏はそれほど苦痛じゃない
□ 9. 汚い環境でも生きていける
□ 10. どこでも寝ることができる
□ 11. 体は丈夫だ
□ 12. 友だちがいなくても平気だ
□ 13. 世間のしきたりに興味がない
□ 14. ここ何年も親戚づきあいをしていない
□ 15. 2、3日食べなくても平気だ
□ 16. 働かざる者食うべからず、という言葉が嫌いだ

10個以上該当する場合はニートの素質あり。

pha著「ニートの歩き方」より。
私なりに一部アレンジしたチェックリストである。
ちなみに私の場合、上記の16項目すべてに該当する。

私は集団行動が苦手で協調性がなく組織に属することができない。
だから税理士会の会合も出席が義務づけられているのだが、億劫なので行ったことがない。
そのせいで警告書をもらった。
なにを隠そう、私の本性はニートである。
税理士になっていなかったら私はニートになっていたと思う。

世の中には社会的成功や金銭的に豊かになりたいという「あくせく・いらいら・がつがつ」の20世紀の価値観の「戦闘タイプ」人間と、「ゆったり・のんびり・ほどほど」の少欲知足、金や地位・名誉より自分の時間が欲しい、21世紀の価値観の「非戦闘タイプ」人間がいる。

私は「非戦闘タイプ」の人間だ。
だいたい向上心がない。
生きているだけで充分じゃないか、という気分で生きている「草食系税理士」だ。私が戦闘モードに入るのは税務署とやりあうときだけだ。
財産を守ることに疲れた人、節税対策で頭が混乱してしまった人は一度お越しいただくとすっきりした気分になると思う。

それにしても私みたいな者が、よくもまあ30年近くも税理士をやって来れたものだと我ながら感心する。
これも見捨てないでお付き合いしていただいている皆様のお陰だ。
考えてみれば「週休三日」とは週に四日も働いていることになるのだ。
私にしてはまじめにやっている方だ。

私のニート体質は息子たちにも、しっかり受け継がれた。
小さい頃から「群れるな、はぐれ鳥になれ!」と言い続けて来たのが効いたのか、長男はデザイン会社を辞め、いまでは一人で仕事をするフリーランスとなった。
どの組織にも属していない。
いずれは、ちゃんと独立するのかも知れないが、フリーランスとカタカナで格好つけても中身はニートと似たり寄ったりだ。

くそガキだった次男は次男で大道芸人をやっておる。
気が向いたらそこらの路上で芸をして稼ぐ完全無欠の自由人だ。
毎日楽しそうに芸に励んでいるようだ。
私はこの二人の息子たちの将来に何の不安も抱いていない。

ただ、ニート因子は遺伝するものだなぁ、という感慨に耽ることはある。

東京マラソン当選してまったがや。

東京マラソン事務局からメールが入った。
「東京マラソンに当選されました」との連絡だ。
実は私は東京マラソンにエントリーしていたことすら忘れていた。
私は東京マラソンのプレミアム会員として登録をしており、その特典として先行予約をしていたらしいのだ。
予約をするときは脳で考えずに脊髄反射して申し込んだので、すっかり忘れていた。
「あちゃ〜、当選してまったがや。」という心境だった。

左脚を故障してからは走るトレーニングをしていない。
だから脚力はすっかり衰えてしまって、フルマラソンを走れるような状態ではない。
しかし、人も羨む東京マラソンの当選の権利は譲渡不可となっているので誰かに譲るわけにもいかない。

ちゅうわけで「もう一度走ろう!走ってこましたろ。再起するのだ!このまま終わってたまるか!不死鳥のように復活したろやないか、俺はフェニックス!」
とアドレナリンを脳内に分泌させて、やる気満々で練習を開始した。

いつも走っていた山崎川沿いの桜並木の堤を走ることにした。
しかし、この再起を期した初日のトレーニングで脚がもつれて転倒してしまった。頑張りすぎた。
いっちょまえにラストスパートをかけたので、体が前のめりの状態で足がもつれ、顔面から転倒して、血だらけになった。
顔面制動だ。
この山崎川沿いの並木道は桜とともにウォーキングの名所だ。
歩いている人たちが大勢いる。
その人たちが心配して救急車を呼んでくれた。
自分では単に足がもつれて転んだだけの「ただの怪我」なのだが、この歳でジョギング中に転ぶと脳卒中か心筋梗塞ではないかと心配してくれ、立ち上がろうとすると「動かないで!動いちゃダメ!」と制止される。
それに大勢の人たちが周りに集まってきて、人だかりができて、恥ずかしくなってしまった。
いやはや「お騒がせして申し訳ない」。

救急車がサイレンを鳴らしてやって来た。
生まれて初めて救急車に乗って、名古屋市立大学病院へ搬送された。
「頼む!大げさにしないでくれ!俺は大丈夫なんだから」と言っても容赦してもらえない。
心電図とか血圧とか検査に次ぐ検査だ。

うちのカミさんもびっくりして飛んできたが、大したことはないので安心したらしく「少しは、おとなしくしててちょうだい」とあきれ顔だった。

しかしなぁ、つくづく思ったよ。
歳には勝てん。
無理をしたらあかん、と……。

怪我をした左脚がまだ完全に回復していないので左右のバランスが悪いのだ。
それより何より気持ちと体のバランスがとれておらんのだ。
もう若くはない、ということを脳が分かっとらん。
走っている最中に転ぶなんて歳を食った証拠だもんなぁ。

でも私はあきらめない。
また東京マラソンを走ろう、あの沿道の大勢の人たちの熱い声援のなかを走る感動をもう一度味わうのだ。

「やりますよ、ボクは。」

熊野古道を歩いてみました。

脚の怪我をして以来、マラソンのトレーニングはしていない。
走れないし、クソ暑い時期は走る気も起きない。
でも歩くことはできるので、どこかへ歩いて出かけたくなった。

ちゅうわけで、以前から気になっていた「熊野古道」を歩いてこましたろと思い立った。
そうだ!よみがえりの旅だ。
熊野の神々が俺を呼んでおる。
そう思った。
言っちゃぁ何だが、熊野は招かれた人が行く神聖なところだ。

ガイドブックを熟読し、トレッキングシューズを履いて何度か足慣らしもした。

7月の金曜日から三日間の熊野古道歩きと四日目は熊野三山(本宮大社、速玉大社、那智大社)を参詣することにした。
日本最大のパワースポットで霊気を浴びてよみがえってこましたろやないか、と思ったのだ。

熊野古道はいくつかのコースがある。
私が歩いたのは“中辺路(なかへち)”というポピュラーで最も古道の雰囲気を残しているといわれるコースだ。
大阪経由で紀伊田辺まで電車で行き、紀伊田辺から古道の起点となる滝尻までバスで行く。
いよいよ滝尻から熊野本宮大社までの熊野古道が始まるのだが、いきなり想定外の急坂が始まるので呆然となる。
「熊野古道をナメとったら、あかんど!こらぁ〜」と怒鳴られている気分だ。

「す、すんまへん。ナメとりました。堪忍しとくれやす」と恐縮しながら急坂を登ることになった。
行けども行けども険しい上り坂が続くのだ。
息はゼーゼー、心臓はバクバク、膝はガクガク、汗はダラダラ。
早くも「やめとこか」と弱気の虫が疼く。

こんなはずではなかった。
熊野古道なんてハイキングに毛の生えた程度だろうとタカをくくっていたのだ。
最初の急坂でピリリと気持ちが引き締まった。
「よ〜し!そっちがそう来るなら、やったろやないか!」と闘争心に火がついた。

この後もアップダウンの激しい道が続く。
熊野古道をハイキング程度と思ったら大間違い。
山行の心構えで行かないとリタイアもあり得る。
途中、街路灯はもちろん自販機もなければ何もない。
宿に着くまでに日が暮れるとお手上げだ。
とても夜道を歩けるものではない。
携帯電話も通じるとは限らない(特にソフトバンクはダメだ)。
道は一歩足を踏み外せば千尋の谷へ転落する。
蛇にも出くわすし、蜂やアブもまとわりついてくる。
スリルがあってワクワクする。

奥深い熊野の山の中を歩いていると霊気を感じる。
昔から熊野は浄土の地という。
思い切り汗をかくので体中から毒が出ていき、それと入れ替わりに熊野の霊気をからだ一杯に吸い込むのでよみがえっていく気分だ。
慣れてくると、とても愉快で爽快な気分になる。
「う〜む、これが“熊野詣で”か、だから上皇たちはここを何度も行幸したのか。分かるよ。これじゃ、ハマるわな」
特に後白河上皇は33回も行幸しているのだ。
よほどハマっていたのだな、彼は。
それとも政争に疲れた心も体も浄化したかったのだろうか?
諸君も人生に疲れたり人生をやり直したい、と感じたときは行ってみるといいよ。
お勧めだ。

私は一人で古道を歩いていたのだが、その間誰一人出会う人はいなかった。
猛暑のときに歩くバカはいないらしい。
途中で熱中症にかかれば私の望む“野垂れ死”だ。
でも熊野の濃厚な自然を独り占めにし、満喫し、とてもぜいたくな気分を味わって帰って来たよ。

私はこれでまた一歩仙人に近づいた。

頑張らなくていい。

私はマラソンで脚を怪我して神経が麻痺した。
その後まだ完治しない。
完治しないというより完治しようという気がない。
自然に身を任せているのだ。
自然治癒力を信じよう。

医者からは「三ヶ月間は通院しなさい」と言われていたが数日で病院通いはやめた。
リハビリもやらない。
医者からもらった薬も飲まない。
それでも歩くぶんには不自由しない程度には回復した。
若い頃なら歯を食いしばってリハビリに打ち込み、完治するまで頑張ったと思うが今は頑張らない。
人間の60兆個の細胞は常に入れ替わっているのだから無理をしなくても自然に治るに決まっているのだ。
死ぬときまでに治ればよい。
焦ることはないのだ。

まだ左足の指には麻痺が残っている。
だから“足指ジャンケン”ができない。
スリッパ(便所スリッパみたいな)を履いて歩けない。
靴下もスムーズに履けない。
それでも普通に歩くことさえできなかったことを思えば、生活に不自由しない程度に回復して満足している。
一時は二度と歩くことができなくなるのではないかと思っていたから、これで満足だ。
“足指ジャンケン”ができなくても生活には困らない。
また再びフルマラソンを走ることができるかどうかは天に任せるのだ。

私は最近、敗者の哲学とか隠遁者の哲学とか言われている老子に傾倒している。
10年前「目標を持たない」「計画を立てない」「頑張らない」を私の信条だと言っていたが、この考え方と相通じるのが老子だ。

「不争」。
人と争わない。
人の先頭に立たない。
「知足」「自足」。
足りていることを知り、現状に満足する。
そうすると楽な気分になる。
仙人になるための教科書だ。

こんな気持ちで生活していると今の五輪選手や五輪報道は異常に思える。
金メダル以外は価値がないという集団催眠にかかっているから始末が悪い。
キンキンキンキンとうるさいわっ!。
だから銀メダルや銅メダルを取っても喜べないアスリートがいる。
いったい何が不満なのだ!
オリンピックに出場できただけでも幸せではないか。

人間、求めれば求めるほど不幸になる。
向上心をもってはダメだ。

求めない—–すると、いまじゅうぶん持っていると気づく。

求めない—–すると、いま持っているものが、いきいきとしてくる。

求めない—–すると、それでも案外、生きてゆけると知る。

求めない—–すると、キョロキョロしていた自分が可笑しくなる。

求めない—–すると、体ばかりか心もゆったりしてくる。

伊奈谷の老子、加藤祥造「求めない」より

過去20年にわたる花村だよりから。

わたしは、断食が好きです。
わたしは、マラソンが好きです。
わたしは、二宮金次郎が好きです。
わたしは、老子が好きです。
わたしは、何も求めません。

こちらのブログでは、相続税申告と不動産税務に特化した業務を行う、花村会計事務所代表で税理士の花村一生(はなむら いっせい)が、日々の気付きについて語ります。