号泣する納税者

「お父さん、お父さん、ちょっと来て。 テレビで面白いものやってるよ」
とうちのカミさんに誘われて、その映像を見た。
あの号泣議員の会見だ。
うちのカミさんは腹を抱えて笑っている。
笑いすぎて涙まで 出しておる。
「なんじゃこりゃ~、こいつ天然か?」
う~む、日本中を笑いに包むすごい奴。
衝撃のデビューだな。

机をたたいて号泣する姿を見ながら、私は、昔の、ある税務調査のことを思い出していた。
私が、会計事務所で修行をしているときのこと。
先輩の担当する会社に税務 調査が入ることになった。
私はそれまで税 務調査を経験したことがなかったので、先 輩に頼んで見学させてもらうことにした。
税務調査というのはどんなものか。
納税者と税務署との攻防はどんな様子なのだろうか、と興味津々で、そして密かに修羅場を期待しながら先輩について行った。

ところが税務調査は淡々と進んでいき、 期待していた修羅場が訪れない。
しかし、 売上げの計上漏れや仕事に関係のない家族 での食事代などが計上されており、申告の中身はボロボロなのだ。
社長の奥さんが 経理を担当しており、税務署員の質問は奥さんに集中することになった。
午後3時頃になると疲れも出て来て、私はあくびをかみ殺しながら退屈していた。
そのとき突然、奥さんが机をたたき始めた のだ。
「なんで私ばっかり、わぁ~わ わわ、いじめな、わぁ~わわわ、い かんのぉ~。わぁ~わわわ、みんな、 わぁ~わわわ、やっとるがね~、 わぁ~わわわ」
と名古屋弁丸出しでわめき始めたのだ。

そのうち、コーフンも最高潮に達して、 堰を切ったように次から次へと税務署に対 する恨みつらみを吐き出し、最後には何を言いたいのかさっぱり分からない状況になっ て来た。
「まあまあ、奥さん落ち着いて」
となだめることもせず様子を見ていた。
そうこうするうちに異様な雰囲気のなかに小学校低学年の子供さん二人が学校 から帰って来た。
見知らぬ男たちにいじめられていると思ったのだろう。
子供たちもお母さんに抱きつきわんわん泣き出し、 収拾がつかなくなった。
修羅場だ。
ご主人である社長はオロオロしているばかりだ。

税務署員(3人)はひそひそと話し合い
「今日のところは一旦引き上 げます」
と言って帰って行った。
あっけにとられたのは税務署員が帰って行った後だ。
奥さんは何事もなかったようにケロっとしている。
あの騒ぎは何だったのだろう。
その後、どうなったかって? あのまま調査終了だよ。
で、税金は? 追徴されなかったよ。
あの当時、「え、あれで終わり?」みた いに、調査が尻切れで終わることなどしょっちゅうあったのだ。
涙ひと粒百万円の価 値があったということだ。
諸君!言っておくが、いまどき号泣作戦は通用しない。
しかし、税務署員の気勢を削ぐ効果はあると思うよ。
「もうこれ以上、わぁ~わわわ、 払うお金が、わぁ~わわわ、ないん ですぅ~。わぁ~わわわ、なんで私 ばかり、わぁ~わわわ、いじめるん ですかぁ~、わぁ~わわわ」
と机をたたきながら号泣してみるか?

理由付記

平成23年度税制改正で納税環境の整備ということで国税通則法が改正された。
なかでも実務で影響が出てきそうなのが「理由付記」である。
平成25年1月1日から施行されている。
納税者に不利益な処分をする場合には、税務署はその理由を付記しなければならなくなっ た。

今までそんな規定はなかったの?
とびっくりされた方もおられるかも知れない。
行政手続法にはもともとこういう規定があったらしい。
これを税務上も法定化したのだ。

税務調査を受け、その結果、申告に誤りがあれば「修正申告に応じたらどうや」と税務署 から納税者に勧める(これを修正申告の慫慂(ショウヨウ)という)。
そしてほとんどの納税者 が「しゃ~ないなぁ」と、それに従っていた。
納税者が税務署の指摘に納得すればそれでよいのだが、実際は納税者が納得していないにもかかわらず、修正申告するようにプレッシャーをかけてくる。
なぜなら、納税者から修正申告が出てくれば税務署としては後腐れ(後から不服申立や訴訟などを受けること)がなく終わるので、税務署は執拗に修正申告を迫るのだ。
それどころか修正申告に応じるように納税者を説得するのが税理士の仕事だと勘違いしている税務職員すらいる。

諸君!納得できなければ修正申告に応じてはならない。
特にこれからは理由付記が制度化 されたことにより、なぜ、追徴されなければならないのか、納得できるまで文書で説明してくれと言えばよいのだ。
税務署から更正(追徴)処分を受けることになれば、必ず理由付記が なされるはずだから、その理由を熟読して更正処分を受ければよい。
更正処分を受けた後、 素直に税金を払ってもよし、争ってもよし、である。
修正申告に応じても何のご褒美もない。
税務署と争うばかりが能ではないが、何も税務署の言いなりになることはないのだ。

税金は税法という法律を根拠に納税者の懐に手を突っ込んで国民から金を収奪するものだが、税法には国から納税者を守る役目もあるのだ。
理由付記が制度化されたことにより税務署員はやりにくくなったことだろう。
役人は他人の書いた書類にケチをつけるのは得意だが、 自分の書いた書類をチェックされるのをとても嫌がる。
だから理由付記の文書を書くとき筆 が進まず、業務が停滞する。
それが理由で最近は税務調査が激減している。

税金は法律に基づかなければ課税も徴収もできない。
これを「租税法律主義」というのだが、税金の世界では、法律にがんじがらめになっているのは実は納税者の方ではなく、税務職員の方なのだ。
納税者もチマチマした節税対策に頭を絞るより、租税法律主義という考え方に馴染んだ方がよい。
税務職員に対して可哀想に、という憐憫の情を抱いてあげれば、「お 勤め、ごくろうさん、頑張れよ」と声をかける余裕もできる。
そう考えれば、税務調査など 怖くも何ともないのだ。

ぼったくるにも理由がいる

ある相続税の税務調査での話。
かなり多額な遺産を残された相続事案の申告だった。
税務調査で長い期間をかけたにもかかわらず、否認項目が出て来ない。
このまま何事もなく「申告是認」で終わるはずだったのだが、税務署の担当者が ねちこい奴で、「これだけ時間をかけたのに何にもなしで済ますわけにはいかん」 と思ったのか、やけくそで広大地評価 の否認を持ち出してきた。

広大地評価はいま相続税申告ではもっとも税務署とトラブルが多いところだ。
だから申告前から広大地評価について不動産鑑定士さんの意見書や開発想定図面を添付し、納税者にも事前にトラブルの可能性と税務否認された場合の追徴 税額等を懇々と説明していた(だから想定 内のことではあったのだが……)。
税務署は案の定、広大地評価という白黒はっきりしないところで否認して来たわけだ。
広大地評価が認められればその評価減額は多額になり相続税もグンと安くなる。
逆にこれがひっくり返れば数千万円単位で追徴される。
まるで博打だ。

今回の広大地評価の否認は、もし納税者が修正申告に応じればもうけものというような、ふっかけ(ぼったくり)の雰囲気 がした。
当然、こちらは修正申告には応じないと拒絶した。
が、しかし、まさかとは 思ったが、税務署はしゃあしゃあと更正(追 徴)処分をして来たのだ。
税務署の暴走 (国家によるボッタクリ)だ。
アホな担当官の暴走を食い止めるシステムがないのか?
おいっ!どないなっとん ねん!
当然、納税者の方と相談のうえ、「負けてたまるか、やったろやないか」と いうことになった。
戦いが始まったのだ。

異議申し立てを経て、国税不服審判所 に審査請求をした。
ここで当方が主張したのは
①広大地評価 が正当であるという主張とともに
②予備的主張として「理由付記の不備により更正処分は失当」と主張したのだ。
これがダメならあれ、あれがダメならそれと主張はいくつしてもよいからだ。
広大地評価をすることが正当だとの主張だけでも勝てると思っていたが、結局、今 回の件で決め手になったのは、なんと「理由付記の不備」により更正処分は失 当との当方の主張が認められたのだ。

「理由付記」については平成23年税制改 正で「国税通則法」が改正され、納税者に不利な処分をする場合にはその理由を付記しなければならないことが決まったのだ。
平成25年1月1日から施行されている。いいタイミングで改正されたので早速使わせてもらったわけよ(あははは)。
まだ国税不服審判所で闘っている最中なのに税務署から「理由付記の不備」を認めるから更正処分はなかったことにしてくれとの電話が入った。
勝ったのだ。

「ざまぁ見さらせ、あほんだら」と心の中でつぶやいた。
しかしなぁ、納税者のところへ届いた書類は「減額更正通知書」という紙切れ一枚だけだったのだ。
「すみませんでした」の謝罪の一言もないのだ。
これでまた納税者が怒った。
「愚弄するのもええかげんに せ~よ」と言いたい気分だと思う。
そのとおり!
さあ、これからどうする。